side of the moon

その1




「しまった!」
朝一番の講義が終了し、次の教室への移動中におれは忘れ物をしてきたことに気がついた。
「何や?どうしてん」
午前中同じ講義を受講する崎山が、手で顔を扇ぎながらお愛想に相槌を打った。
暦の上では秋だというのに、今日はカンカンに陽が照りつけていて、少し歩いただけで汗ばんでくる。
時折肌を撫でる秋風だけが唯一の味方だ。
「今日提出のレポート忘れてきちまった!」
午後からの授業で提出しなければならないのに、机の上に置いてきてしまった。
折れないようにクリアファイルに入れようと、カバンから一旦取り出したのが間違いだった。
期限を守らないやつには単位もやらないという、提出物にはうるさい教授だ。
そのために、徹夜で仕上げたのに・・・
「取りに帰ってくる」
「けど、次の講義も出席重視やで?せっかく皆勤やのに・・・・・・せや!優くんに持ってきてもらったらええねん!おまえン家からだったら30分ちょいでここまで来れるで?」
こいつは、なんで麻野が今日は創立記念日で休みだって知ってるんだ?
「その目はなんやその目は・・・あぁなんでおれが優くんの休みまで知ってるのか気になるんや〜」
関西弁でからかわれると、笑いものにされているように聞こえるのはなぜだろう。
おれがじろりと睨みつけると「そのストイックな目にオンナはしびれるらしいで〜」とさらにからかう。
崎山はそんなおれに全く臆せず、ケータイを取り出した。
はぁ?今一回しかボタン押さなかったっつうことは・・・発信履歴か?それとも短縮の一番か?
「あっ、優くん?おれおれ。何してんの?・・・・・・そうなんや〜せやったら頼まれてやってほしいねんけど・・・ちょっと待ってな。ほれ、おまえ自分で頼め」
ケータイをおれの身体に押しつけるから、仕方なく手に取った。
「あっ、麻野?」
『先輩・・・?どうしたんですか?』
麻野もケータイらしく、声が少し割れて聞こえる。
「いや・・・もし時間都合がつくなら忘れ物を大学まで届けてほしいなって・・・」
『大学まで?』
少し声のトーンが高くなり、驚いた様子がわかる。
「いや、無理ならいいんだ。悪かった―――」
『大丈夫です。何をどこに届ければいいですか?』
「おれの部屋の机の上に、クリアファイルに入ったレポートがあるんだ。それを・・・」
おれはあたりを見回した。この広い講内、待ち合わせにはどこがわかりやすいだろうか・・・?
「ほんなら12時15分に図書館の前で待ってて?迎えにいくさかいになっ!ほなな、後で!」
おれからケータイをひったくった崎山は勝手に麻野と約束を交わしてしまった。
「おまえっ―――」
「なに?なんでケータイの番号知ってるのか気になるん?ちなみにメールも知ってるで!」
「な、なっ―――」
おれの知らない間に何なんだ!
「あっ、遅れるで!出席出席!」
おれは崎山に引きずられるように、教室へと引っ張って行かれた。

                                                                       





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